ロシア国旗を削除した世界王者メドベージェフ

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ダニール・メドベージェフ(ロシア人選手)


※この記事は、2022年3月14日(月)時点の世界ランクに基づいて執筆しています。

ダニール・メドベージェフ(Daniil Medvedev)は、男子テニス界屈指の実力を誇るロシア人選手。

前回、1月の「全豪オープン決勝」に関する彼の記事をアップしました。

決勝でナダルに惜敗後「観客が応援してくれない」と嘆き、「今後は自国のためにプレーしたい」と自虐気味に語ったメドベージェフ。

まさか、その「自国でのプレー」が禁止される展開になるとは、夢にも思わなかったでしょう。

「ウクライナ侵攻」と「世界1位」が同時に起きた皮肉

全豪オープン翌月の2月、メドベージェフは、おそらく、生涯忘れられない次の出来事に遭遇します。

1)母国ロシアが隣国ウクライナに侵攻した

2)自分のATPランクが世界2位から1位になった

問題は、両方が偶然にも「ほぼ同時に起こった」ということ。

まさに、波乱万丈のジェットコースター人生です。

メドベージェフが「ロシア人テニス選手」として、この2つをどう受け止め、何を語ったのか。

次の「Tennis Magazine」の記事を引用しながら、全豪オープン後の動きを追いました。

日本語で同じテーマを扱った記事はこちらです。

世界1位の快挙を祝えない新王者の苦悩

プロのテニス大会では、試合に勝つごとにポイントが付与され、通常、1年間保持されます。

全豪など四大大会で優勝すると2000ポイント、準優勝で1200ポイント、マスターズ1000で優勝すると1000ポイントです。

長らく1位だったジョコビッチの前年ポイントが2月に失効し、2位のメドベージェフの総合ポイントが上回りました。

その結果、彼は2022年2月28日の順位更新で、ついに、世界ランク1位に上り詰めたのです。

「Tennis Magazine」の記事に、次の記載があります。

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Starting his first official tournament as No. 1, Daniil Medvedev wants to show why he’s there.

The 26-year-old is the top seed at Indian Wells, his first event since clinching the No. 1 ranking for the first time during the ATP event in Acapulco two weeks ago, where he reached the semifinals. Medvedev is the first player since 2004 to reach No. 1 other than the Big Four of Roger Federer, Rafael Nadal, Novak Djokovic and Andy Murray.

和訳例)初めて世界ランク1位として公式戦に臨むダニール・メドベージェフが、抱負を語った。

26歳のメドベージェフは、インディアンウェルズ大会の第1シードだ。これは、2週間前に準決勝まで進んだアカプルコ大会期間中に、世界の頂点に立って以来、初の公式戦となる。

メドベージェフは、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチ、アンディ・マレーのビッグ4以外で、2004年以来、世界1位になった初の選手だ。

※インディアンウェルズ大会:3月10日〜20日に開催のATPツアー公式戦(マスターズ1000)

ビッグ4以外の選手が世界1位を達成するのは、実に18年ぶりなんですね。それほどの偉業なのです。

が、折しもロシアのウクライナ侵攻に伴い、新王者になった事実を、メドベージェフは素直に喜ぶことができませんでした。

最大の理由は、もちろん、自国の起こした戦闘で、多くの人々が犠牲になっているからです。

ネット上で誹謗中傷を受けるロシア人選手たち

が、ロシア人選手としての、彼の苦悩はそれだけではありません。

中には、ロシア人というだけで批判し、大会から締め出すよう訴える人たちがいるのです。

例えば、Twitterにこのような投稿がありました。

和訳:こいつがダニール・メドベージェフ。ロシア人で、目下、世界ランク1位だ。

そろそろ、彼の大会出場を禁止したらいい。銀行口座を凍結すべき。優勝カップを全て没収し、獲得賞金を残らずウクライナ政府に献金すべきだ。

まるで、メドベージェフ自身に、ウクライナ侵攻の責任があるかのような厳しい語調です。

また、同じくロシア人選手で世界ランク7位のアンドレイ・ルブレフ(Andrey Rublev)は、2月下旬の大会中に以下の発言をしています。

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アンドレイ・ルブレフ(ロシア人選手)


ESPN News Service」の英文記事からの引用です。

Rublev on Thursday said he was getting some bad comments online because of the situation in Ukraine.

“In these moments, you realize that my match is not important. It’s not about my match, how it affects me,” Rublev said Thursday. “What’s happening is much more terrible.

和訳)ルブレフは木曜日に述べた。ウクライナ情勢が原因で、ネット上で誹謗中傷を受けていると。

「目下、重要なのは自分の試合自体じゃなくて、それが自分に与える影響のほうだ」

「今、起きていることのほうがずっと恐ろしい」

日本に住むロシア人も、同様の被害に遭っていると聞きます。

ロシア国籍の人たちを批判し、差別する短絡的で思慮のない言動は実に嘆かわしいです。

ロシア国旗を削除して自国からも非難の声

それだけではなく、ロシア人選手たちは、自分のSNSアカウントから国旗を削除したことで、一部の自国民からも「Shame on you(恥を知れ)!」「裏切り者(Betrayer)!」と非難されているそうです。

同じロシア人たちからそんなふうに糾弾され、どんな気持ちになったでしょう。

彼らはプロとしてプレーを続けるため、所属するテニス団体の指示に従っただけだというのに。

「ロシア国旗の削除は、国際テニス団体の決定である」と、「Tennis Magazine」の記事に下記の通り記載されています。

Though he’s playing with a new number next to his name, his nation’s flag will not be beside it. The ATP Tour along with other tennis organizations has removed Russian identifiers due to the country’s war on Ukraine.

和訳:彼の名前の横には(1位という)新しい数字があるが、自国の国旗はない。ATPツアーとその他のテニス機関は、ロシアのウクライナ侵攻により、ロシアの国名と国旗を削除したのだ。

3月14日現在、ATP公式サイトの選手プロフィール紹介欄には、ロシア人選手のみ国旗が空白になっています。

SNSからの国旗削除も、ロシア人選手が試合出場を続けるための必須条件だったようです。

和訳:ダニール・メドベージェフらロシア人選手は、自らのSNSからロシア国旗を削除しなければ、ATPツアーへの出場を禁止されていた可能性がある。

ロシア国旗の削除に関する、メドベージェフの発言です(「Tennis Magazine」の記事より)。

Asked about the move, Medvedev repeated he would “want peace” across the world and that he will compete in accordance since “that is the only way I can play” at the moment.

和訳:この件について質問され、メドベージェフは、自分が世界中の「平和を望んで」おり、決まりには従うつもりだ、と繰り返した。なぜなら、現状では、「自分がプレーを続ける道はそれ以外にない」からだと。

母国の国旗を削除するのは、苦渋の決断だったのではないでしょうか。

「テニスを続けるためにルールに従う」という考え方は、冷静で賢いと思います。

世界平和を願うロシア人選手たち

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2021年1月のATPカップで優勝後のメドベージェフとルブレフ


単に「ロシア人だから」という理由で出場停止を訴える人たちには、選手たちの声をもっと聞いてもらいたいです。

自国のウクライナ侵攻に関するメドベージェフの発言、および国際テニス連盟の対応です(「Tennis Magazine」の記事より)。

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“It’s always tough to talk on this subject because I want to play tennis, play in different countries,” he said. “I want to promote my sport, I want to promote what I’m doing in my country for sure.”

和訳)「この話をするのは、いつもつらい。テニスを続けたいし、いろんな国でプレーしたいから」と、彼は語った。「テニスの普及に役立ちたい。自国でテニスを推進したい気持ちも、確かにある」

Unlike some other sports, tennis has not excluded individual competitors though the ITF is not allowing Russia to compete in its team competitions like Davis Cup. Medvedev would like to avoid further restrictions on his ability to keep playing on tour.

和訳)他のスポーツとは異なり、テニスは選手個人の大会参加を認めている。そのいっぽう、国際テニス連盟は、デビス・カップなどの国別対抗戦でロシアの出場を許可していない。メドベージェフは、ツアー参加の権利に新たな制限が加わらないことを望んでいる。

“Some sports made this decision, especially, I would think, the team sports. Tennis is probably one of the most individual sports we have in the world,” said Medvedev. “There’s always a possibility, but I hope not.”

和訳)「この決定(=ロシア選手の排除)をしたスポーツもある。特にチームスポーツの場合は。テニスはおそらく、世界でも究極の個人スポーツだと思う」と、メドベージェフは述べた。

「(ロシア人として出場停止になる)可能性は常にある。でも、そうなってほしくない」

いっぽう、ルブレフは2月のドバイ大会の準決勝に勝利した後、カメラレンズに “No War Please” とサインして話題になりました。

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2月のドバイ大会で優勝したルブレフ


ルブレフの発言を引用します(「ESPN News Service」の英文記事より)。

“You realize how important (it) is to have peace in the world and to respect each other no matter what, to be united. It’s about that. We should take care of our earth and of each other. This is the most important thing.”

和訳)「何があろうとも、世界が平和であり、お互いに尊重し合い、団結するのが重要なんだ。それが全て。この世界とお互いを大切にする。それが一番大事なんだ」

メドベージェフ、ルブレフをはじめとするロシア人選手たちが、「世界平和」を願っているのは明らかです。

ロシアの現状を考えると、ネット上で戦争反対を公言するのは、とても勇気のいる行為です。

ルブレフは、モスクワに自宅があるそうですが、果たして無事に帰国できるのか心配です。

母国の支柱を失った選手たちを追い詰めないで!

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2021年11月のデビスカップ(国別対抗戦)で優勝したロシアチーム


メドベージェフの言葉通り、テニスは「究極の個人スポーツ」です。

そんな中、年に数回の母国開催の大会は、選手が地元の熱狂的な応援を受けられる特別な機会です。

日本の錦織圭選手にとって、10月に東京の有明で開催される「楽天オープン」がそれにあたります。

が、現在、ロシア開催の大会は制裁措置として全て中止されています。

また、サッカーW杯のように盛り上がる国別対抗戦への出場も禁止されました。

他国の選手たちが享受できるこうした特権や楽しみを、ロシア人選手たちは奪われています。

国籍が理由で非難され、自国の人たちからの応援もなく、故郷への凱旋帰国もままならない…。

これらの不利な条件によって、ロシア人選手たちは既に「罰せられている」ともいえます。

精神的につらい状況の中、厳しいツアー日程を気丈にこなす彼らを、私は立派だと思います。

(どうか、ロシア人選手たちをこれ以上追い詰める措置は取らないでほしい)と願うばかりです。

追記

この記事をアップした翌日(日本時間)3月15日(火)、インディアンウェルズ3回戦でメドベージェフが思わぬ敗退!

これにより、翌週21日(月)に更新されるATPランキングで、ジョコビッチが世界ランク1位へ返り咲くことになりました。

ルブレフのほうは、ロシア人への風当たりが強い中で好調を維持。この大会で準決勝まで勝ち上がりました。

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